ご無沙汰しております。昨年2011年の8月に一ヶ月間、インターンシップをさせていただいた、りかです。
あれからずっとカンボジアで得た体験が忘れられず、 日本のお正月が明けてから、2度目のカンボジアにやってきました。 トゥクトゥクやモトドップ(バイク)が忙しく行き交う道路、衛生的にはどうなのかと疑ってはしまいますが味の良い市場の食堂など、当たり前ですが以前と変わっていない風景に出会えると、なんだかホッとしますね。プノンペンでも高いビルが建設中で、だんだんと開発されている様子がうかがえます。インフラや水道設備が整備され、人々の生活が便利になることは良いことだと思います。しかし一方で、政府や海外からの援助で国が発展していくと、途上国独特の良さも失われていくような気がしてなりません。市場では、現在売り手とお客さんが交渉して、値段を決めます。このプロセスの途中でジョークを言いあったり、買い物とは関係のない話で盛り上がったりするのがいいところなのですが、これが全部スーパーマーケットのようになると悲しいですね。買いたい物をカゴにいれ、レジで精算を済ますのは便利で時間もかからないのですが、ひととひととのコミュニケーションは省いてはならないものですね。生活は便利になっても10年後、20年後もずっとずっとカンボジアの人たちの笑顔だけはこのまま変わらないでいて欲しいと願っています。
さて、日本でも富裕層と貧困層での格差は問題となっていますが、ここカンボジアでも年々そのギャップは広がってきています。カンボジアというと、まだまだ貧困国のイメージがあると思いますが、標準的な日本人家庭よりも裕福な生活をしているカンボジア人ももちろんいます。幸運にもこういった家庭に生まれた子供は、お腹いっぱい食べられ、高水準の教育を受け、海外に留学したり旅行を楽しんだりできます。そして、大学を卒業すれば地位の高い職に就き、十分な収入を得て、安全な 環境で生活をしていくことができます。一方、貧しい家庭に生まれると、十分な食べ物も得られず不衛生な環境での生活を強いられ、子供の頃から仕事をさせられ学校には行けないケースも多々あります。大人になっても、十分な収入を得ることができず不安定な毎日を送らなければなりません。一体どこからこの違いは始まっているのでしょう? それは、教育だと思います。日本では義務教育の期間は当たり前のように学校に通うことができますが、残念ながら途上国ではみんながそうすることはできません。それは、やはり家庭の経済状況が問題となっているのですね。小学校レベルでさえ、家庭の事情で学校に通えない子供は少なくはありません。将来の子供の職業のことを考えて親は、子供に良い大学に行って欲しいと願うのは当然だと思います。しかし、切羽詰まった経済環境で子供を育てている家庭では、そんな余裕はありません。お金が無くても、可能性を持った若者たちはたくさんいます。もっと奨学金などの機会を与え多くの若者が夢を持って頑張れる環境ができると良いのですが。貧しい家庭で育った者は、それを運命と受け入れ、一生貧しい生活をしていかないといけないのか?そうであってはいけません。生まれた家庭がどんなに貧しくても、努力をすれば経済的に豊かになり、幸せを手に入れることができる環境が与えられるべきだと思います。
どうやったら、こういった機会に恵まれず頑張っているのに恵まれない生活を強いられている人々の夢を叶えることができるのでしょう?今後の 自分自身の人生の大きな課題です。
りか

