スタツア報告

過去参加者が綴る体験談の一部です。ご参考にどうぞ。

2008年2月 大学生

このツアーが初めての海外渡航でした。ですが初めてがこのツアーで本当によかったと思っています。

わたしは英語に苦手意識があり、ほとんどしゃべれず、リスニング力も中学生レベルしかありません。なので参加して一番悔しかったのは自分の英語力のなさでした。カンボジアの子どもたちは英語ができるのですが、わたしが全然なので、ほとんどボディランゲージ状態でした。

しかし子どもたちは自然とわたしたち日本人を受け入れてくれました。たとえHIV感染している子どもでも、その子たちの笑顔は何物にも代えがたい宝物と感じました。

カ ンボジアの素朴な生活、暮しているひとたちを生で見て思ったことは、国が貧困でも”人”は貧しくないということです。家族や友達の大切さを知り守っている 人たちがいました。遠い海の向こうにあるかわいそうな国という認識を捨て、この旅で得た繋がりをもっと身近に感じ、今の私に出来ることを少しずつやってい こうと決意しました。

このツアーはまさに冒険です。人と出会うことの大切さを教えてくれます。そして自分のちいささに気づかされ、励ましてもくれるのです。

現在は、来年また行くことを目標に、英語の勉強に励む毎日です。

少し悩んでいるかたは、アンディやひとみさんに気負わずに相談してみてください。もれなく元気な三姉妹がついてきますよ(笑)

2008年9月 保母さん

DISCOVERY(発見)

今 回、カンボジアボランティアツアーに参加すると決めた時、私の周りの大切な人達が、(心配しつつも…)心からの応援と見守りの中で送り出してくれました。 そして、ほんの10日間の旅から戻って来た私に、「カンボジアの旅はどうだった?」と心から尋ねてくれました。いろんな想いを抱え、体験をして帰って来た 私はすぐにそれらを言葉にして、伝えることが出来ませんでした。まとまらない気持ちの中で、でも、その中でまず私の中に想い浮かんだことは、子ども達の顔でした。彼らの笑顔、ふざけた顔、ぬくもり、ちょっとしたしぐさ、泣き顔、一緒に過ごした時、会話、言葉にならない(ときにそれ は面白い^^!)やりとり、そしてそれらの背後に抱えている彼らの人生の歩みなどです。

私は、今までにたくさんの子ども達と出会い関わる機会を持って来ました。カンボジアの子ども達と関わる時、それは今まで出会って来た子ども達と同じような、共通した「子どもらしさ」を見つけ、触れる事が出来ました。

子ども達は、今までとなんだか違う形で私に話しかけて来ました。彼らの持っている何かが、「今の私」に何かを語りかけて来たような気がしているのです。想いもしなかった自分の心を感じ始めていると思います。

DIRECTION(方向)

彼 らと接する時、国や文化、言葉や生活、抱えている事などは違いますが、違っていても、大切なことや心が想うことは同じなのかもしれない…と想わされること がしばしばありました。(違っていたからこそ、その中で見えることが、同じなのかもしれない…と浮き彫りになって私の中に入って来たのかもしれません。)

きっとこの経験は、私がこれから何かを決めていく時や、どうしようかな…と迷う時、私の生活に、気持ちに、答えを出す時に、何らかの影響を与えるものとなっていくのではないかな…と思います。

もう、少しずつ変わり始めているかもしれません。。。

ま だ、ハッキリとした答えは出ていませんが、この旅に行く前と帰ってきてからでは、私の中の何かが変わって来ていることを感じているので、このことに目を留 めて生活していきたいな…と思っている今日この頃です。そして、こんな風に私に語りかけて来てくれた子どもたち&人々と、これからも、どんなかたちでもイイので、つながって行きたいなぁ…と想っています。

2009年2月 大学生

この旅は私にとっておどろくこと、考えさせられることの連続でした。ちょっとした風邪でも死の危険を感じる子供たちや、安全な飲み水の確保にも苦労している人々を見て、私が今までいかに狭い世界しか見ていなかったのか分かりました。一番印象的だったのはWatOpotで池の真ん中にサッカーボールが落ちてしまったときのことです。みんなで石を投げて出来る波紋を利用してボールを岸までたぐり寄せました。物が十分にない世界でこうした人の知恵が育っていく…というか鍛えられていくように感じた瞬間でした。私の周りは十分すぎるくらいに物がたくさんあるけれど、「自分で考える力」を大切にしたいと思いました。カンボジアの人たちから教えられたことの一つです。

アンドンでは今後の人々の生活や小学校の運営がとても気になりました。アブラハムさんはとても熱心ですてきな方だと感じましたが、やはりお金がないとどうにもならないのでしょうか…。何か私たちに出来ることはないのかと悩みまだ答えがでません。

この旅に来て本当に良かったと思っています。嬉しかったこと、悲しかったこと、考えたこと全てがこれからの私の人生にプラスになるでしょう。

2009年3月 会社員

私は、プロジェクトフレンズが主催する2009年3月のボランティア体験学習旅行に参加しました。

10日間という短い期間でしたが、カンボジアの現状を自分の目でしっかりと見ることができ、大きな発見と学びを得ることができました。

現地での体験は、衝撃でした。

プノンペンStung Meanchey(スティングミアンチェイ)地区のゴミ山では、ゴミを拾って生活の糧を得ている人々がいました。激しい異臭、容赦なく照りつける直射日光、ところどころ自然発火もしています。ゴミ山の写真は以前にも見たことがありますが、私の想像をはるかに超える厳しい環境でした。

プノンペン郊外のAndong(アンドン)集落も同様です。プノンペンの町を追われた約1500世帯の人々と、その支援をしている牧師アブラハムさんに会いました。水がない、家がない、お金がない、仕事がない、教育の機会がない、政府の援助もないAndongの人々のために、アブラハムさんは私財を投じて仮設住宅を作り、生活の改善に尽力されています。しかし、屋根に穴から雨が入るため雨季には十分な睡眠がとれず、下水道がないため汚水が流れ込む池で洗濯せざるを得ないのが現状。豊かな日本では考えられないほど厳しい生活環境です。そのような中、アブラハムさんはAndongの子どもたちのために小学校を作り、質の高い教育を受けられるようになりました。極度の貧困にも関わらず、子どもたちは向学心にあふれ、とても明るい。この国の将来に希望を見た気がしました。

カンボジア滞在中、ツアーを企画したプロジェクトフレンズのAndyさんから様々な問いかけがあり、貧困の問題を解決するとはどういうことか、そのために何をすべきかついて深く考える機会を与えていただきました。私は、このツアーに参加して本当によかったと思います。貧困の問題を解決することは、先進国の共通の責務であると思います。私一人では小さなことしかできないかも知れませんが、引続きカンボジアを訪問していきたいと思います。

(カンボジアでのボランティアに興味がある方へ)

是非、プロジェクトフレンズのカンボジアボランティア体験学習旅行に参加し、自分の目で貧困やAIDSの現状を見てください。自分の五感をすべてを開き、現実をありのままに感じることで、多くの発見や学びが得られます。そのような機会をプロジェクトフレンズは私に提供してくれました。貧困の現状は、人の話や写真だけでは決して理解できません。是非、具体的な一歩を踏み出してみてください。今後の人生が変わるほどの貴重な経験ができると思います。

2009年3月 大学生

今回初めてのカンボジアへの旅は、見るものすべてが初めてでトゥクトゥクの中から夢中で町や人々を見ていた。

プノンペンは朝早くから多くのバイクやトゥクトゥクで道路は活気と排気ガスに溢れていた。そんなにぎやかな町を過ぎると川の上にスラム街があったり…さらに離れていくと辺りの一面にごみ山が出現した。ごみ山のことは以前にテレビを通して見たことはあったが実際に自分の目で見て、嗅いで、聞いて、触れて体験してみると想像以上に暑く、そして空気が汚く臭かった。けれど、そこがそこで働く人々の生きる場であり術だと思うとなんともいえなかった。小さい7,8歳の子供も学校にいくためのお金を稼ぐ、それを見て、もしもあれが自分だったら…同じように働けるだろうか?ここで暮らすことになったら?一体どんな将来が待っているのだろう…。彼らは自分の人生についてどんな風に思っているのか?答えはなく、ただこの現実の前に自分の無力さだけが感じられた。また、ストリートチルドレンにお金を乞われる時、果たしてお金をあげて彼らのためになるのか?でも、私には十分にお金がある、求めているのにあげないのか?次々と疑問が出ては未解決のまま暗闇の中に消えていった。

今思うと、こんな風に自分に自問自答できたのも、たとえ答えが見つからなくても、考えることが出来たのは素晴らしい経験だったと思える。

16歳にして6年生として一生懸命がんばっているトゥインや目を輝かして将来の夢について語ってくれたロンディーやピサイそしてスレイリャ。彼らの必死に生きている姿を見ていると何だか日本での自分が情けなく感じられた。自分の恵まれすぎていると言っても過言ではない生活と環境に気づかず不平不満しか言わなかった日々。そんな私が日本経済の恩恵にあずかる権利なんてない。私たちは自分たちがどれほど恵まれているか知らなくてはいけない、世界中には教育が受けたくても受けられない子がたくさんいることを、家族の愛を受けずに育つ子がいることを、食べ物にありつけない子がいることを、多くの犠牲の上に私たちの生活が成り立っていることを私たちは知った上で生きていなければ、彼らにとっても失礼だと思う。

子供たちと一緒にいると自然と笑顔になれた、日本では愛想笑いばかりの日々だったがカンボジアに来てから心から笑えることができた。私が何をしたからでもなく、ただ笑ってくれる彼らの笑顔はまぶしく、そして温かかった。いろんな事を若い子たちと語り合ったこともうれしかったが、それ以上に、一緒に踊ったり笑ったりするうちに心が通うのが分かった時、言葉に出来ないほどにうれしかった。私が笑うとみんな笑い返してくれる、手を出せばつないでくれる、それだけで話さなくても心もつながる気がした。笑顔は言葉よりも勝ると初めて思った。もしも、世界中の人々がお互いに笑い合えたらそれだけで世界はきっと幸せになるだろう。

カンボジアでの日々を振り返ると、様々な日本の遊びを教えることができたが、反対に私が彼らから教えられたことの方が多い。それは、日本の生活で溢れるほどの物につぶされていた本当に大切なことだった。相手を思いやるとか、夢を追い続けること、友達に寄り添うこと、そして愛し合うこと。

カンボジアで出逢った一人ひとりのお陰で私は今こうして素晴らしい経験を得ることが出来た。私がこんなに恵まれたからには、カンボジアにいる一人ひとりも幸せになって欲しい。アンドンで貧しい生活を強いられている人々そして彼らを支えているアブラハムさん、そして学校の先生たち、雨が降ると寝ることもままならないそんな生活が改善され希望に満ちた将来が一日も早く来ることを祈っている。プノンペンで出会ったスラムで生活する人々、ごみ山で暮らす人々が望みを抱ける賄賂や汚職がない政府そんな社会になっていって欲しい。カンボジアでは30年ほど前の内戦での大きな傷は未だに癒されていないが、子供たちの笑顔や若者の活気からは希望が感じられた。私に大切なことを教えてくれた国カンボジア。エイズや地雷、ドラッグや売春に負けずに頑張っていって欲しい。

2010年3月 大学生

私は、以前から知識だけではなく、実際自分の目で途上国の現状を見て、感じてきたいと思っていました。また今までの、「何かをしたい」 と考えていても、思っているだけで何もしていない自分を変えようという思いもあり、今回「自分を見つめる」という目的も兼ねた、こちらの旅行を選ばせていただきました。実際、今回のカンボジア旅行は、私にとってとても衝撃的なもので、深刻なカンボジアのリアルを見せ付けられた気がします。国のひどい格差社会の中、町外れにあるスラムや物乞いをする人たち…初めは本当にただただあ然としてしまうだけでした。開発のために、町を追われてしまうスラムの人々。現実は、私が勝手に想像していたものよりもはるかに過酷なものでした。しかし、私が旅行中に出会った人々はすべて、「皆、強くたくましく助け合いながら生きている」人々でした。タクシーの運転手さんや、学校に行くためにカードを作って、日本でも売りたいと希望に満ちた貧しい少女たち、また、火事でスラム一面焼け野原になっても、協力し合い希望を持ち生活している人々に、私は尊敬の念を抱きました。物が有り余り、なお物欲があって、精神が弱く、愛情に飢え自殺を考える人が多い日本とは大違いだなと感じました。ゆえに、そうやって強く逞しく生きる人々に「かわいそう」という目で見てしまうのは失礼なことだと改めて思いました。心のどこかで、そういう思いがあったのだと思います。ワットオポットの子どもたちもそうでした。ほとんどの子どもたちが、悲しすぎる過去を持ち、なおエイズという自分の死への恐怖があるのも垣間見ました。それでも、普段はそんなこと微塵も感じさせないくらいに、太陽のような笑顔で私たちを迎え入れ、一緒に遊んでくれました。子どもに出来る限りの愛情を持って接し、彼らがそれに答えてくれるとき、私もとても幸せに感じました。「どうして、そんなに明るくいられるの?」とふと思ったときもありました。しかし、やはりそれは、みんなが助け合って、苦しみを理解しあい愛情をもって暮らしているからだと感じます。物では到底感じえない、愛し助け合うという、「本当の幸せ」が、ここにあったような気がします。

今回の旅行を通して、「何かをしたい!」という気持ちが大きくなりました。しかしだからといって私に何が出来るか… 結局、一人では大きなことは出来ないのかもしれない、と自問自答を繰り返す毎日です。でも、自分のそういった思いや力は、微力であるけれども無力ではないかもしれないと旅行で感じたので、それを信じ、小さな自分の出来ることからやっていきたいと思います。一人でも多くの人に、私が感じたことや、見てきたカンボジアの現状を伝えるのも、一つの私に「出来ること」だと思って、今回体験談を書かせていただきました。

私は、今回出会ったすべての人々に感謝しています。彼らの生きる世界をもっとよりよくしていくため、「かわいそう」といった同情からの援助ではなくて、感謝をし、カンボジアの人々と一緒に考えていく援助をしてみたいと思っています。今回の旅行は、本当に貴重なものとなりました。ありがとうございました。

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